「長期から即時までの時空間地震予測とモニタリングの新展開」統計数理研究所/京都大学防災研究所/県立広島大学/静岡県立大学

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日本海溝におけるスロー地震に関する総説

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日本海溝におけるスロー地震に関する総説

  • 紹介文執筆者: 西川友章
  • 論文著者: 西川友章1, 井出哲2 , 西村卓也1
  • 1京都大学防災研究所
  • 2東京大学大学院理学系研究科

スロー地震は、低速で間欠的な断層滑り現象であり、通常の地震(速い地震、ファスト地震)と並んで、プレート境界変形プロセスの基本的な構成要素である(Ide et al., 2007)。2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震と呼ぶ)が発生した沈み込み帯、日本海溝では、最近の地震・測地観測により詳細なスロー地震活動が明らかになった(例えば、Nishikawa et al., 2019)。このような研究の進展を受けて、本論文(Nishikawa et al., 2023)では、日本海溝沿いのスロー地震に関する研究とその歴史を初めてレビューした。

我々は、まず、日本海溝におけるスロー地震(テクトニック微動、超低周波地震、スロースリップイベントなど)と、スロー地震に関連する断層滑り現象(小繰り返し地震、群発地震、プレート境界大地震の前震など)の観測結果を総合し、日本海溝沿いの統合的なスロー地震分布図を作成した(図1)。その結果、スロー地震と海溝型巨大地震は空間的に相補的に分布していることが明らかとなった。スロー地震が、周辺でファスト地震を誘発することもあった。また、日本海溝中央部には、プレート境界面走向方向約200 kmに及ぶ地震学的スロー地震(テクトニック微動及び超低周波地震)の空白域が存在しており(図1)、それは巨大なプレート間固着域に対応する(例えば、Nishimura et al., 2004)。東北沖地震はこの固着域を破壊したが、その破壊は日本海溝の北部と南部のスロー地震発生域には深く伝播することなく停止した。東北沖地震直前の1ヶ月に破壊開始点周辺で、スロー地震が観測されたことも踏まえると(例えば、Ito et al., 2013)、スロー地震は東北沖地震の破壊開始と停止の両方に関与していると考えられる。

図1. 日本海溝および南海トラフにおけるスロー地震・ファスト地震の分布。青いシンボルがスロー地震の分布を赤いシンボルがファスト地震の分布を示す。

次に、我々は、日本海溝のスロー地震分布と、地震活動パラメータ分布(グーテンベルグ・リヒター則のb値、潮汐応答性、および余震の大森・宇津則のp値)、地殻構造(プレート境界の堆積物ユニット、沈み込む海山、プチスポット火山、ホルスト・グラーベン構造、残差重力、地震波速度構造、プレート境界反射強度など)、および地質環境(水の供給源、温度-圧力条件、変成作用など)を比較した。その結果、日本海溝浅部のスロー地震発生領域では、大森・宇津則のp値(Ogata, 2011)が特に高い(約1.4)ことがわかった。これは、スロー地震発生領域周辺では、余震活動が急速に時間的に減衰することを意味する。また、浅部スロー地震発生領域は、水を多量に含んだ堆積物ユニット(Tsuru et al., 2002)や、堆積物を巻き込みながら沈み込む海山(Mochizuki et al., 2008)、プレート境界の地震波反射強度が強い地域(例えば、 Fujie et al., 2001)、堆積物中の鉱物(オパールおよびスメクタイト)が脱水する深さ(Hyndman & Peacock, 2003)と良く対応し、プレート境界における水の分布がスロー地震分布と対応することが示唆された。

最後に、我々は、スロー地震観測のファスト地震活動予測への活用について議論した。日本海溝では、スロー地震による大地震の誘発や中小規模群発地震活動の誘発が多数報告されている(例えば、Uchida et al., 2016)。また、東北沖地震直前にも群発的な前震活動を伴うスロー地震が観測されている(例えば、Ito et al., 2013)。これらを踏まえると、スロー地震観測は、プレート間地震活動の予測に役立つと期待される。例えば、スロー地震活動とそれに伴う群発地震活動をリアルタイムでモニタリングすることで、大地震の前震活動を事前に見つけることができるかもしれない。さらに、スロー地震の地震活動誘発効果を、地震活動の統計モデル(Ogata, 1988; Zhuang et al., 2002)や物理モデル(Dieterich, 1994)に組み込むことで、地震活動の確率予測を改善できるだろう。また、大地震に先行するスロー地震に特有な特徴の有無を明らかにすることも、大地震の短期予測にとって重要である。

日本海溝プレート境界では、スロー地震とファスト地震が驚くほど複雑に分布しており、両者は相互作用している(図2)。この複雑な分布を生む要因や両地震の相互作用のさらなる調査が、スロー地震発生の物理の解明や地震活動確率予測の改善につながると期待される。

 

図2. 日本海溝プレート境界の滑り挙動の模式図。

引用文献
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  • Fujie G, Kasahara J, Hino R, Sato T, Shinohara M, Suyehiro K (2002) A significant relation between seismic activities and reflection intensities in the Japan Trench region. Geophys Res Lett 29(7):1100. https://doi.org/10.1029/2001GL013764
  • Hyndman RD, Peacock SM (2003) Serpentinization of the forearc mantle. Earth Planet Sci Lett 212(3–4):417–432. https://doi.org/10.1016/S0012-821X(03)00263-2
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  • Mochizuki K, Yamada T, Shinohara M, Yamanaka Y, Kanazawa T (2008) Weak interplate coupling by seamounts and repeating M ~ 7 earthquakes. Science 321(5893):1194–1197. https://doi.org/10.1126/science.1160250
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